02-2 遠雷が聞こえる
「おい、何か話してくれないと僕が気まずいんだが」
そう言われても、とユーリスは唇を噛んだ。フローズが言っていた王宮前の丘に赴いたまではよかった。まさか青天井の傾斜に座り込んで、飛び回る蝶を暇そうに目で追う先客がいるだなんて思わないじゃないか。スコールと目が合った時にはどちらともがぎょっとしていて、横にいた少年は気の抜けた疑問の声を上げていた。
十五年ぶりに再会しても今日までちゃんとした話をする機会はなかったし、いざ話せるとなっても言葉が出てこない。もう二十歳を超えたスコールは当然背も高く、顔つきも昔の面影は残しているが纏う雰囲気は鋭くなっていた。彼の長い三つ編みが、あれから長い時が過ぎたことを思い知らせてくる。
「ほんとに幼馴染なのか? 俺の知ってる幼馴染と違うんだが。もっとこう、再会して、わーってなるんじゃないのか。元気そうで何よりだぜ!とか言うんじゃ……」
スコールの横で身振り手振り、変な演技をしている少年の言葉が引っかかったお陰で、なんとか沈黙を破った。
「幼馴染だって話したのか」
「……問題はない。ヴィトニル殿下やフローズ殿下以外となると話は別だが」
スコールがやっと口を開く。敵意は感じられず、思っていたより深刻な溝はなかったことに息をつく。腰を上げたスコールの横に立った少年が、じっとユーリスの顔を覗き込む。記憶に焼け付きそうなほど虹彩の赤い瞳だ。その白とも黒ともつかない髪の色には見覚えがあった。
「ああ……君がヴィトニルか」
「気安く名前を呼ぶなよ出来損ない! 僕は王子だぞ!」
ヴィトニルは語気を強めて自分の胸を掌で二回叩いた。むすっとした顔はまさに拗ねた子供でまだ可愛いものだ。ヴィトニルは口を尖らせたままでユーリスに詰め寄る。
「大体、亜種でもないくせになんでモノを倒せるかが分からない。どういうことか説明しろ」
「あの機械の装甲の下を小さい光が走り回ってるんだ。たぶん核だと思う。あれを壊しさえすればモノは再生しなくなる」
「そ、そんなもの見たこともないぞ」
「俺は透視ができるから……」
ヴィトニルにとっても聞き覚えのある話だったのだろう。片眉を曲げてぼそぼそとおうむ返しをしている。スコールとペアを組んで行動しているのなら、先日スコールが魔女ライラプスの調査をしたことも知っているはずだ。"透視"というライラプスに似た能力を持つ、つまりは魔女の能力に親しいものを宿した人間が存在する。ヴィトニルは驚いてはいたようだが意外と平然としていて、それどころか随分と早く理解を示した。
「そりゃあ魔女だって疑われても仕方がないな……それよりスコール、この出来損ないの異能を知ってたのにソロの正体に気が付かなかったのか? 透視ができる奴がいるなら核うんぬんについても予想がつきそうなのに」
ヴィトニルにじとっとした目を向けられたスコールは眉間を摘んで口を歪めた。
「……認めましょう、その件に関しては私に落ち度があります。私はユーリスの性格まで考慮していなかった。彼は戦場には来ない、という過信があったのが原因です」
喋りながら溜息をつくようなスコールに、ユーリスは一気に心の臓が冷える思いがした。もう言ってしまったほうがいい。そう考えて口を必死に動かしたが、歯切れは悪く段々と頭が下がっていく。
「そ、その、謝りたいことのひとつが正にそれで……結局俺もこうして戦うことを決めたのは、お前にきっと怒られるとは分かってたんだけど……ごめん……」
足元に咲いていたクリサンセマムが黒く見えるほど、怒りも何もかもを甘んじて受け入れるつもりだった。だが彼はユーリスを責めてはくれなかった。
「何もお前が俺に謝ることはないだろう。元より避けられなかったことだとも思うし、今更悔やみ合っても仕方がない。それにお前にしかモノが倒せないなら、協力はありがたいことだ」
ユーリスは恐る恐る顔をあげたが、スコールは呆れたような顔で肩をすくめるだけだった。本当に、責める気はないらしい。拍子抜けたと言えばいいのか、長年抱え続けてきた悩みのひとつが、彼の手がそっと翳されただけで否定された。
謝りたいことはいくつもあって、否定されても簡単には消えないというのに。胸の中で渦巻くものを考えることに必死で、いよいよ喋ることすら忘れてしまった。気づいた時にはヴィトニルが一際明るい声を上げて、坂を走って下っているところだった。
「姉さま!」
ヴィトニルがにこにこ顔で抱きついていたのはフローズだった。弟に向けた柔らかい眼差しに、教会で見せたような陰鬱さはない。遠くて声は聞こえないが、ヴィトニルの年相応の無邪気な笑顔と、フローズの子供らしくはない微笑みはよく見える。
魔女の子と呼ばれ人々に虐げられている姉弟は、ただの人間にしか見えなかった。
「行くぞ、ユーリス」
未だ聞き慣れない大人になった幼馴染の声。姉と話し込んでいたヴィトニルが、何か言いながら仏頂面でユーリスを指さしていた。フローズはユーリスと目が合うと、ぺこりと頭を下げる。ユーリスもつられてぎこちなく頭を下げた後、花咲く丘を下りた。
フローズはヴィトニルとは年子だと聞いていたが、弟より背の高い彼女は大人びて見える。ヴィトニルと談笑しながら先を歩くフローズの足は、クリサンセマムの花を踏まないように更地を探して変な歩き方になっていた。ユーリスは目の前の覚束ない足取りをじっと見ながら、彼女の心を踏みつけないように必死に同じところを歩いた。
ユーリスたち四人の持ち場は、しばらくは王都の北東にあるエリア31の防衛拠点となるそうだった。戦前は発達していたという交通機関も今やほぼ機能しておらず、フローズやヴィトニルの事情もあって歩いて向かうのが殆どだという。エリア31は王都に隣接しているため、クリサンセマムの丘から三十分ほどしかかからないからまだ楽だった。道中に翼のような突起がついた鉄の塊が転がっていたが、昔はこれが空を飛んでいたらしいことをユーリスはまだ信じられないでいる。
二十四年前、極一部の人間による反魔女過激組織が実行したテロが開戦の引鉄となった。魔女の目的は略奪でも征服でもなく、同胞を殺した人類への復讐である。ゆえに魔女は領土に頓着せず、ゲリラ的に襲撃を仕掛けては人類が干渉できない地下に撤退するパターンを頑なに繰り返している。人類にとっては地上の全領土を城とした籠城戦のようなものだ。復讐を原動力とする相手に対して降伏の選択など意味はない。誰も彼もが魔女と戦うことを選び肯定したが、ただの人間では敵うはずもなく。
地上と地下を繋ぐルートは世界中に点在しており、全方位から攻められたことで人類は地上中央に後退するしかなかった。例え海を背にしたとして、魔女は空を飛べるのだからどちらにしろ同じだったが。普通に考えればこの圧倒的に不利な状況でも戦うという選択を取り続けるのは有り得ない。だが降伏したとして待っているのは一方的な虐殺なのだから、人類が生き残る可能性は勝利の先にしかない。
エリア31の基地にいた軍人は、戦闘への高揚と死への恐怖という矛盾を孕んだ目をぎらつかせていた。城は既に崩れる一歩手前にある。
「今回の目的はここから更に東にあるゲート及びモノの破壊だ」
戦前は貴金属を加工するために可動していたという廃工場を元にした基地は静かだった。事務所として使われていた埃っぽい部屋でスコールは地図を広げ、隣接するエリア32を指す。ゲートとは地上と地下を繋ぐ転送装置で、戦前は交通機関として両種族が利用していたものだった。魔女はこのゲートを利用して地上に現れている。
「世界中のゲートの破壊で魔女の襲撃頻度は減ってきているが、エリア32のゲートは長らく放置されてきた。理由は知っての通り、番人がいるからだが……」
スコールと目が合う前から、ユーリスも意味を理解していた。ゲートの前には必ずと言っていいほど機械兵器のモノがいる。朝も夜も可動し続ける、魔女王の兵だ。スコールの隣で、ヴィトニルは腕を組んで唇を尖らせた。
「番人の中でもとびきりよく分からない奴なんだ。一体の人型モノ……というか、あれは人なのか……?」
「体中に長い根がたくさん生えた人間、或いは根そのもので出来た人間。例えるならそうとしか言えないわ。根は建物中に張り巡らされている。調査によれば監視と攻撃を兼ねていて、動体感知型、攻撃は光線系。形状以外はスタンダードな機械兵器よ」
それまで黙って話を聞いていたフローズが淡々と喋る。抑揚はなく地図に目を落としたままだった。
「ゲートの場所が特定できていないのも理由のひとつだ。戦前は大型のショッピングモールだったが、三分の一が倒壊している。簡単な調査こそ行われたが、多重構造な上にモノが干渉できる範囲が広すぎて迂闊に近づけなかった」
スコールが寄越した黄ばんだパンフレットには、かなり広い内観や地図、ショップリストが載っていた。五階建てで中央が吹き抜けになっていて、内部を歩く人の姿が写った写真が載っている。戦前ならそこかしこにあったであろうありふれた商業施設だが、モノの巣窟となった今は見る影もなくなっていることは想像に難くない。
「今までひとつのゲートを破壊するために何人費やしたんだ」
「亜種四人で向かうと一人帰ってこないぐらい? モノにただの人間ぶつけても死体が増えるだけだし」
「ユーリス、お前が言うように核が体内を走り回っているとして、亜種ではそれを視認できない。闇雲に叩いても破壊できる可能性は低すぎる。実際、開戦から今までの二十四年という年月があっても、お前以外がモノを破壊したという記録はない。ゲートだけ破壊することに専念しても、貴重な亜種を一人か二人犠牲にする覚悟がいる。だからといってゲートを放置し続ければ、もっと多くの人が短期間で死ぬ」
天井から吊られた電球がちかちかと点滅している。エリア32のゲートは今残っているものの中で最も王都に近い。このまま放っておけばどうなるかは考えずとも明白だ。
「得られた情報はこれだけだ。ゲートがどの階のどこにあるかも分からない。モノに関しても予測が多いままだが……お前の透視でゲートの場所を特定し、モノと共に破壊する。軍上層からの司令だ」
ユーリスは思わず口を歪めた。ゲートの破壊はただ魔女と交戦するのとは訳が違う。何重ものリスクを伴う危険な作戦とはユーリスも重々承知しているが、軍上層はこの四人のメンバーというよりユーリス個人の能力を重く見て今回の命令を下したに違いない。
「明らかに試されてるなあ」
「だが今までも一人でモノに挑んでゲートを破壊してきたんじゃないのか? いざゲート破壊作戦だって行ってみたら、もうゲートもモノも壊れてるってことが山程あって軍は大騒ぎだったんだぞ」
「あれ、行き当たりばったりでやってたんだよね……情報とか殆どなかったし……」
そう正直に言って笑うとスコールとヴィトニルが「は?」と声を合わせた。
「どこかから情報を盗んでいたのかと思っていたが、無謀すぎやしないか……」
「いや、情報収集ぐらい町中でもできるだろ!」
「そうしようかと思ったんだけど、客観的に見たら俺ってすごく怪しいなと思ってやめた」
「……懸命な判断かもなあ……」
癖なのだろうか、スコールはまた眉間を摘んでいる。ヴィトニルはすぐに居直って尊大に胸を張った。
「今回は僕らがいるからまだマシじゃないか。一人で突っ込めって言われないだけ感謝することだな!」
今まで何をするにも一人だったことを考えれば幾分か心が楽だ。スコールの戦績はかなりのものだとゲーレも言っていたし、フローズとヴィトニルも亜種なのだから対モノの戦力として全く申し分ない。そこでユーリスははっとした。
「怪我は大丈夫なのか」
スコールは腹部に怪我を負っている。あまりにも平然としているから今になってやっと思いだしたのだ。彼が面倒そうに口を開く前に、ヴィトニルがスコールの腹をぺちぺちと叩いた。
「こいつ、クスリのせいで感覚がいかれてるんだ。腹えぐられても痛いって言わないっ……!」
ヴィトニルが語尾を濁らせたのは頬を抓られたからだった。スコールは更にぱしんとパートナーの頬を軽くはたいて舌打ちをする。クスリ、というのは鎮痛剤のことだろうか。
「……心配いらない。骨が折れていようがいまいが、俺は魔女を狩るだけだ」
スコールがブーツの踵を何度か鳴らして、腰に帯びた刀に手をかけた。
「今日任務を完遂しろとは言わない。しばらくはここに留まるし、情報が少ない中で無闇に動くのも危険だ。早くゲートを破壊するに越したことはないが。ああだこうだと言っていても仕方がない。とにかくゲートの周りが今どうなっているか見に行くぞ」
「おい、謝罪もなしか! 人の痛みが分からん奴はこれだから……!」
足早に部屋を出ていくスコールをヴィトニルが追いかけていく。スコールの実の家族は代々薬に関する仕事をしているから、あまり大事にはならないと思いたかった。思いがけず心配が膨らんだユーリスだったが、二人を追いかけようとして足を止める。フローズがまだじっとしたまま、地図の片付けられた机の上に視線を落としていた。
「行かないのか」
ユーリスが出来る限り優しい声色で尋ねると、フローズは僅かに顔をこちらに向けた。彼女は明らかにユーリスを警戒している。彼女は王宮で見聞きした通り不特定多数の悪意を受け続けているようだったし、人間嫌いになるのも無理もない。だがユーリスはあの丘で彼女が見せた笑みを見た。彼女は魔女の娘などではなく、弟を愛していて、花のひとつも踏むのを躊躇ってしまうような優しい人なのだろうと思う。
「……ユーリス、あなたは何のために戦うの」
暗い瞳のままフローズが投げかけた言葉は予想もしていなかった。
「何って……戦争を終わらせるためだよ」
「本当に?」
電球がばちりと音を立てて切れた。空けられたドアからの光はフローズの顔をはっきりとは照らさない。ユーリスは息を呑む。反射光だけを吸い込んだ彼女の瞳に、何もかもを見透かされている気がした。
「あなたが偽善者じゃないことを祈るわ」
その言葉は体中を突き刺す硝子片のようだった。フローズはまた、何もない机上を見ている。
「行こう」
気圧されてはいけないと咄嗟に出した声は大きかった。ユーリスはしまったと思ったが、フローズは今度ははっとしたような顔をしてまた視線を合わせてくれた。動揺を隠すように笑いかけると、彼女はやっと足を踏み出した。
軍人たちの快くはない囁きを背にしながら基地を出た。まだ陽は高い。先程までは眩しい限りの晴天だったが、今は雲がユーリスたちを追うように生まれて迫ってきていた。例のショッピングモールまでの道のりは険しく、魔女の攻撃によって崩れた建物ばかりが横たわる中を進む。人間が十分も歩けば音を上げるような高低差が続くが、ユーリスや亜種なら疲労もしない。
今にも崩れそうな具合に傾いたビルの影に入った時、ヴィトニルが不快そうな声を上げて鼻をつまんだ。フローズは弟の一挙一動に目を配っているようで、少し肩を跳ねさせていた。
「どうしたの?」
「もう油臭いです、帰りたい……」
ショッピングモールはまだかなり先にあるはずだが、ヴィトニルは鼻がいいのだろうか。
「モノの相手するの面倒なんだよなあ。普通に戦っても勝てないし……嫌になってきた……」
「駄々をこねていないで、亜種なら亜種らしく腹を括ってください」
「お、お前、僕がどれだけ苦労してると思ってるんだ!? 自分の図体よりでかくて訳の分からん光線撃ってくるやつの相手を好んでする変態がどこに……」
ヴィトニルはそこまで言ってすぐ後ろを歩いていたユーリスを見た。スコールやフローズにまで無言で見られて、困ったユーリスは誤魔化し笑いで自分を指差す。
「……まあ一番危険なことはこの変態に任せておけばいいわけだ。仕方のない奴め、足止めぐらいならやってやっても構わんぞ!」
「変態って言うのやめてくれないかな……?」
なぜか急に機嫌をよくしたヴィトニルが忙しなく喋り続けるのを聞いているうちに、ショッピングモールが見えてきた。更に近づくとやっと機械兵器特有のオイルの臭いがしてくる。普通の機械に差す油のように鼻につく臭いではなく、むしろ無臭に近いというのにヴィトニルはまた文句を垂れ始めた。
少し手前にあったコンクリートの倒壊物に身を隠して様子を窺う。五階建てのショッピングモールは左半分がえぐられたように崩れていた。ユーリスの右目はいとも簡単に、所々が崩落したエスカレーターだったり、フローズが言った通り黒い根のような機械が壁を覆うように張り付いている内部の光景を視せてくれる。およそ人が踏み入るべきではなくなってしまった繁栄のしるしの中に、時代錯誤な球体が浮かんでいるのが見えた。
「四階の中央にゲートがある」
傍らのフローズが目を見開いていた。まさに、信じられないというような顔だ。
「でも普通じゃない。根がゲートを包んでいる……のかな。引き剥がさないと壊せないと思う」
「核は?」
「本体にはない。周りにも見当たらない」
「なら根全体を移動しているんだろう。厄介だな」
モノの大きさによっても違うが、核は機械の配線に沿って走っているため極々小さい。この距離と広い敷地では核がどこにあるかも分からなかった。
「今までのゲート破壊作戦では魔女の乱入はなかった。だがモノは地下女王の異能そのものだ。俺達の襲撃は間違いなく地下に伝わっている」
「矛盾してるよな。ゲートは魔女にとって地上に出るために不可欠な施設だぞ。当然守り通したいに決まってる。ならゲートの襲撃なんて見逃せないし、モノを援護するはずなのに。そんなに簡単に手放すならなんで番人をつけるんだ?」
ヴィトニルは手袋のたるみを直しながら適当な調子で喋っている。聞いてはいるがさして興味はないらしい。
「罠か、もっと他の考えが女王にあるのかは分からない。けどその罠に飛び込むぐらいはしないとね……」
「前例がないとはいえ可能性はゼロではない。一人二人ならまだ応戦できるがそれ以上となると分が悪い。警戒は怠るな。作戦に支障が出ると判断した場合は速やかに撤退する」
作戦通りに、とスコールが告げたのと同時に、四人は二手に分かれた。スコールとヴィトニルは一階から、ユーリスとフローズは最上階から侵入し、施設全体とゲート周辺の状況を探る手筈になっている。最上階の窓ガラスが割れた場所を見つけて、人が手入れすることもなくなり好き放題に伸びた木に登って高さを合わせた。
足を踏み入れた瞬間にモノは動く。無数の根が攻撃を仕掛けてくるだろう。手数は敵側が圧倒的に多く一撃も重い。だが隣に立つ少女が生死の賭けを前にしてひどく冷静なのが、ユーリスにとっては心苦しく感じた。
戦え、そして勝ち残れ。この苦海を生き抜くために。
ノイズ混じりの女の声が脳を、身体を、神経を占拠する。震える手が自然と剣の柄にかかる。死地に赴く時に、まさに死を目前にした時に、しつこいほど聞こえる女の声だ。
「……うるさいわね」
フローズが自分の頭をこつんと叩いてすう、と息を吸い吐いた。
「どれぐらい戦える?」
剣を抜きながらフローズに問う。目だけで見上げてくる彼女は疑念にまみれているであろう心を抑えて、表情を変えずに剣を勢いよく抜き空を切った。
「あなたが思ってる以上に、よ」
あまりにも力強い言葉に、心の内と裏腹にほんの少し口角が上がってしまう。耳につけた通信機の先でスコールが合図をしたのに合わせて、二人同時に窓に飛び込んだ。
女の声が止まない。二人と同じ木に止まっていた鳥たちが、突然の振動に驚いて飛び去る羽音すら聞こえなかった。